イヤフォン生活
2008年12月 4日
ipodを買って1ヶ月ほど経つ。なくてもいいよね、あんなものと思っていた私だが「ややや、かなり楽しい」という現実に、みなさまから遅れること数世紀、ようよう気がついた。私の棚に収められた幾ばくかのCDコレクションから、お気に入りのディスクたちをipodに突っ込んで楽しんでいる。よろしいなあ。
自宅ではヘッドホンをつなげうろうろ(オーディオもあるが、大音量では聴けないからやっぱりヘッドフォンなのですよ)。外出時にはイヤフォンをつなげて楽しんでおる、つうわけ。新宿という希代の大都会を歩きながら「英雄の生涯」をドカドカ鳴らしたり、「我が生涯より」を聴いてため息をつく、「ヴェーゼンドンク歌曲集」を聴いて涙するなんていうのは私にとって何とも新鮮な体験である。ニヤニヤしてしまう。ギャルらからキモい、と思われるかもしれぬがそこは、キモいと言うおまえがキモい、とぜひ、言い逃れたい。
それで気がついたのだけれども、街ゆく人たちの、なんと多くの人がイヤフォンをつなげて音楽を聴いていることか!しかも注意深く観察してみると、そのうちの多くの人が白いイヤフォンをつなげているようである。昔はイヤフォンのコードと言えば黒いもの、なんていうイメージがあったように思うのだけれども。おしゃれは足下から、おしゃれはイヤフォンから。
しかし、徒歩イヤフォンは結構あぶない。そもそも片耳の不自由になって以来、私は音がどこから聞こえてくるか、音の方向感覚がものすごく鈍くなったので、歩行の際には音に気をつけ、後ろを振り返りながら歩くようになっているのだが、イヤフォンをして道を歩くのはもっと危険である。なにかにつけ後ろを振り返り振り返り歩くことになる。みなさんも事故には気をつけていただきたい。


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ブルックナーの交響曲は長い。ワーグナーのニーベルングの指輪はもっと長い。しかし、それらを遙かに超越する作品をご存じか。うふふ、わからぬであろう。それも無理はない。それは!・・・・「男はつらいよ」である!ババーン!!
そうだ、あれ、買おう。と思い立ったが吉日、出かけていってお買い物をするのだけれども、部屋に戻ってくれば、そもそも買おうとしていたあれを買わず、別の何かが手元にある。うっかりものの私はそのような体験がしょっちゅうである。ネットでのお買い物の場合はそのような事は起こらないのだけれども、現地でうろうろと歩き回っていると目移りするするよね、はは。
病は気持ちからやってくるとか。私は気の持ち方がよいのだかどうだか、滅多と風邪を引いたり体調を崩したりしないのであるけれども、それにしても、心の持ちようと言うのは精神的も肉体的にもおおきに影響をするのではないかと考える今日この頃である。ま、たとえばタバコ。ところで、私はタバコをやらないし今後やる事もないであろうなと思っている。極端なまでの嫌煙家ではないけれども、積極的にやってみたいと思うわけではない。基本的には避けたい。
ベルリン・フィル、この名前に胸をときめかしたことのない人はないと思う。私は勝手にそう思う。世界一と言われ続けて4000年、化け物と呼ばれる才人たちのガンガン集まっているオーケストラ、それがああ、夢のまた夢、ベルリン・フィルである。もうすぐ来日をするけれども、チケットはベラボーに高額である。日本に来ようと思ったらそれだけ経費がかさむもんね、なんて、そらあ冷静に思わないでもないが、それにしても高い。ふざけていらっしゃることであるよなあと思う。私なんかにはとうてい払えぬ。私に出来ることと言ってそれはせいぜい自宅で、26インチの世界の亀山モデルで彼らの過去のDVDを鑑賞する程度である。
予定通り引越した。昨日午前中、引越した。渋谷区から渋谷区に、引っ越した。近頃ゾウさんが倒産したなんちう出来事があったため、料金前払いをしていた私はほんのごくわずかだけドキドキしていたのだが、カルガモさんは予定通りやってきた。4階(エレベータなし)から4階(エレベータなし)という哀しい条件の中、大汗を流しながら運んでくれた。私はどれだけ感謝していることか。冷蔵庫を洗濯機を、一人で持ち上げ繰り返し繰り返し上下するカルガモさんに私はどれだけ感動したことか。「うおっ、これ何が入ってますか?」「そこらへんは全部本です」。本は重いんである。ありがとうありがとうカルガモ。
セイジはドイツ語を解さない、イタリア語を解さない。というなかなかへヴィ級に重たいコメントを最近、元ベルリン・フィルの著名管楽器奏者から聞いた。これは何か。小澤氏の頑張るオペラについて。念のため申しておくと、小澤氏は素晴らしい指揮者だという前置きがあっての話。うむ、うむと頷く私。
引越します。引越しはじめました。引越しありマス。要するに引越すんである。2年間お世話んなった渋谷区の住処を離れて・・・渋谷区に移動する。町名は変わる。9月末に更新があるため、それを期に引っ越すわけだけれども、出んければならぬ日が迫って来るのにも関わらずなかなか決まらず、おろおろ、よちよちしていたその矢先の発見であった。即断であった。すなわちこれ万々歳であった万歳三唱であったと云爾(しかいう)。
バイロイトはワーグナーの聖地。で、あの、ノイシュヴァンシュタイン城を建てた王様ルートヴィヒII世が、ワーグナーに傾倒し、金をひたひたと注ぎ込んで建てたのがバイロイト祝祭劇場であるというのは有名な話。この建物が木製であるというのは有名な話。
「二括弧の恐怖」をご存じだろうか。これは「フェルマーの最終定理」「ポアンカレ予想」などと同様の、なんとも恐ろしいフレーズなのである。しかもそれらに劣らぬほど、言葉の語呂も良い。「二括弧の恐怖」。美しい。しかし、これは端的に言って、譜めくりにおける、あらゆる繰り返し記号の恐怖を示すものである。
譜めくりが緊張することについてみなさんにもっともっと知って欲しい。ピアニストの左脇に座り、影のように、そしてある時は忍者のように、誰にも知られることなく、しかしながら精密に仕事をこなしている、それが譜めくりスト、譜めくラー、譜めくりポンちゃん、譜めくりニャンニャン、ま、必殺!譜めくり人!である。
(写真は先日行ってきた道後温泉)小説を読んでいるとする。正宗白鳥だ。私はその小説の世界に入り込んでおり、全く外の音などは聞こえない。そこにいたずら者の誰かがこっそりやってきて、突如私の耳元で「ワッハ!」とか「グワッシ!」あるいは「ザンデルリンク萌え~!」なんて絶叫したとする。私はハンモックよりストトントンと転がり落ち顔面蒼白、死ぬかと思った、などと述懐するであろう。
しばらくクラシック音楽エンジョイ生活とは縁の遠い生活をしていた。
(写真はソウルのスーパーで撮った写真。棚一面のキムチに圧倒されました)一般的に言って、女性と男性とでは買い物の仕方が違うと言うけれども、私自身を振り返って考えてみれば、どのような買い物をするか。