ブリュッセル、パレ・デ・ボザール

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バルトークを聴きましたでごわすねん

2008年8月 3日

なんかえいぞうがすごいらしいねん、という噂であった。それは、私の行ったパリ国立オペラの後半戦、バルトークの話である。バルトークの、伝説の青い髭メソ・・・ではなくて、バルトークの歌劇「青髭公の城」の話である。このたびのバルトークは、なんだか映像がすごいらしいという話をどっかで聞いていたので、どんなもんでございまっしゃろうか、と心をわくわくさせていたのである。

そうだ、つらつらと考えてみるに、この公演のチケット料金(S席 58,000円)というのは、彼らの今回の来日ツアーの他の公演、たとえば、始まってから終演までに5時間以上かかる極めて大がかりな、かつ指揮者もビシュコフであり、つまり遙かに有名人だったワーグナーの楽劇「トリスタソ」(本当の名前は Tristan und Isolde つまり「トリスタンとイゾルデ」)と同じ料金であるからには、やはりこれは映像やなんかにお金がかかっているのかも?キシシシ!

なんせこっちはヤナーチェクとバルトーク、演奏時間だけなら合わせても2時間かかりませんしな、出演者だって、ヤナーチェクは2人+合唱(実際は合唱は3名だけで、ダンサーらしき人が何人かいましたけど)、バルトークなんて青髭と新妻の2人と、まあ強いて必要というなら昔の奥さん3人が居れば済むもんね(実際は演出上奥さんの姿は無い変わりに他の人たちが少しいましたけど)。少ないもんね。舞台装置だって大がかりである必要まったくないもんね。その分映像がすごいんでないかい、キシシシシ。

・・・したら、なんてことはない、ごく普通の映像であった。舞台もごくごく普通。これは値段設定にマチガイがあるのではないか、と私は首をかしげざるを得なかった。これが「トリイゾ」と同じ料金なのはいけません、いけませんね。いただけませんね。ただし、開始早々のホワイトさん(バス・バリトン歌手。黒人さん。)の影が映るシーンは思わずのけぞるバッチgoo!な素晴らしさでしたよ!

パリ国立オペラ・初・体・験 / その1

2008年7月31日

ヤナーチェクは好きですか。好きです。しかしながら、これほどに非効率作品を作ってしまったヤナーチェクは、もっと好きです。歌曲「消えた男の日記」。今の世の中はエコ一色なので、こんな作品を書いたらぶっ飛ばされるであろう。

基本的にテノールのための歌曲。それなのに、途中でなぜか一瞬だけ登場するソプラノと女声3部合唱。ほんとうに彼らが参加するのはちょっとだけ。しかも欠かすことの出来ない役割を持っている。全くもって非効率この上ない。エコに熱心な方々から非難を浴びないのが不思議なくらいの曲だ。クーラーと扇風機を併用して効率を上げましょうという今の時代に、「布団がどうしても好きなんで、夏も羽布団と毛布とクーラー18度設定で暮らしてます。もちろん、切りタイマーなんてコマンド、知りません。」これこそがすなわち、消えた男の日記である。

しかしながらそこはヤナーチェク。顔もすごいが、曲もすごい。テッテテキに上質の、バッチ最高なのであった。エコエコと叫ぶのもよろしいが、ヤナーチェクももっと知って欲しいかな、とは私の果てぬ夢。夢は夢と散りけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に。一句でけた!
ヤナーチェクの顔を見たい方は下記のリンクをクリック(眠れなくなっても責任は持ちません)。
http://www.brno.cz/galerie/obrazky/l1054115892.jpg

今回のパリ国立オペラの渋谷公演、残念ながらオーケストレーションおよび舞台化をしたことで失われたものも多かったと思われるものの、なかなか聴ける機会のないこの曲を聴けたこのたぐいまれな機会に激しく感謝したい。(あれば)次回は是非、ピアノ伴奏でモノクロの迫り来る恐怖を体験したいな、なんちてイヒヒと思う私だが、そんな私もエコ人生にはなかなかたどり着けないようである。とりあえず今夜は涼しいのでクーラーはOFF。Yeah!!

フィガロの結婚 / 東京文化会館

2008年4月27日

金曜日はオペラを観てきた。上野の東京文化会館。モーツァルトの「フィガロの結婚」。オーケストラは何と、私が先日韓国で見てきたエイジ・オブ・エンライトメント管。まことに、喜ばしいことであった。新国立劇場のすぐ近くに住んでいながらも普段はDVDでしかオペラを観ないので、いいねえ、楽しいねえと思いながら鑑賞していたのだけれども、全く憤慨するべき点があったのでここで激怒をしてみる。みなさんのお時間拝借。

若い指揮者ティツィアーティは素晴らしかった。棒の動きは滑らかを極め、見ていてうっとりするほど。そして演出もほんの時々ぞっとするほどよかった(天使?役の男性が時々吹いたり撒いたりしていた細かな紙吹雪・・・ってんですか、いや、ていうか紙吹雪とか書くと何かイメージ全然違うんですけどね、ハハ。そのそれは、それはそれは素晴らしくバチバチクールに決まっていた)。字幕である。最大の問題は舞台両脇に置かれた字幕であった。字幕に私は激怒していいと思った。

私は未見なのだけれども、この演出は2006年ザルツブルク音楽祭で上演されており、DVDでも発売されている(AMAZON該当ページ)。字幕作成者はそれを観て書いたのだろうか。あまり品のよろしからぬ単語が続出、あげくの果てに伏せ字まで飛び出す始末で、それなりにクールに決めたいのではないかと思われる(と思うのは私だけではないと思う。少なくともそこまで突っ張った感の溢れるものではない)演出と全く、マッチしていない。

加えて、私の目の前には家族連れが座っており、実際会場には小学生ぐらいの子供たちも多く見かけられたように思う。そこで「XX喪失」などとやられた日には、帰宅中、電車の中で幼い娘に「パパー」と話しかけられドキー!とした親も多かったのではないか。まったくもって困ったことである。そのような配慮も欲しいものである。

韓国の中心でヨハネ受難曲を叫ぶ

2008年3月 4日

韓国に行ってきたのである。ソウルである。事情はともかく、これはまごうことのない事実として受け止めて下さって良い。東京に比して北に位置し、そこでは誰しもが単純に想像するとおりの事実が待ち受けていた。寒かったス。

そこで私は何をしていたのか。赤系統の色の多い飯を喰らい、ソウルの街を歩き、ヨーロッパみたいだね、若干ほこりっぽいようだね、と感想を洩らし、OBとかその他の名を持つ韓国製ビールを嚥下し、時折激辛キムチに火を噴いたりなどもした。その昔、作曲家の武満徹は「そして、それが風であることを知った」ようだが、私はついに、私がニンニク臭いことを知った。

しかし最大の収穫はソウルの(多分)由緒正しきコンサートホール、ソウル・アーツ・センター( 公式サイト[英語] )に行ったことであろう。そこで私はJ.S.バッハ「ヨハネ受難曲」を観た聴いた。清水の舞台でS席であった。なお同日は午後にも全く別の公演があり、そちらは例の平壌帰りのNYフィルであったのだが、残念ながらそちらは聴けず。私が聴いたのはエイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団。エヴァンゲリスト(福音史家、すなわちストーリーテラーの役)を歌ったのはマーク・パドモアだ。パドちゃんだ。なれなれしくて恐縮だ。

いや、彼も素晴らしかったが24番、30番、35番も素晴らしかった(曲の通し番号だけで解るという奇特な方、ああ、ああ、と首肯して下さい)。韓国語だったためになにを言っているのかさっぱ解らんかった詩と聖書の朗読も素晴らしかった。

そして私が印象を受けたのは一体に韓国の聴衆は日本と比べ、情熱的であったという点である。たった一回のコンサートで結論付けるのはどうかとは思うけれども。客席数2,500を越えるこのホールの、この日はわずか半分にも満たない聴衆であったが、演奏後は日本ではまずないほどの盛り上がりを見せ(もちろんここには演奏が素晴らしかったという前提が付くのだが)、立ち上がってブラボーと叫ぶのみならず、ピーピー!オーイエー!と盛んな歓声があがり、果ては太鼓を持ち出しどんつくどんつくの大騒ぎとなった(これはウソ)。

国民性の違いとはクラシック音楽の世界にもはっきりと現れるものなのであるなあ、と感じた一晩であった。そんなこんなで、ソウルで受難を叫ぶ夜は大変満足の夜となった。完。

ブラボーの全く正しく聞こえるとき

2008年1月30日

ブラボー、という言葉はいいじゃありませんか。私は大好きです。いい演奏/歌唱が終わった後に、ブラボーという声の聞こえる時というのは全く気持ちのいい物です。しかしながら、です。ブラボーにもよいブラボーとよろしくないブラボーがあります。

日本伝統芸能でいうところのブラボーとはすなわち、歌舞伎の合いの手、「中村屋ーっ!」といったものだと思うわけですけれども、考えてみてください。中村屋ーっ!を言うのは本当に難しいことだと言われます。タイミング良く、張りのある声で叫ばれるべきなのであります。最後の「っ」もないがしろに出来ません。それと同じ事であります。

ブラボーも、フライングブラボーはよろしくありません。また、皆に乗り遅れて一人むなしくブラボーも、いささか間が抜けてしまうと言うもの。あるいは、あまりにも甲高い絶叫は周囲からのひんしゅくを買うかも知れませんし、小さすぎてもかえって恥ずかしい。なかなか気を使わなければならないものです。

最高のブラボーというのはやはり、劇場の最も上の辺りから、他の人よりもほんの半呼吸先んじて出るブラボーでありましょう。天井桟敷の、いわゆる最も安い席から、誰よりも早く(しかしながら早すぎず)飛んで来るブラボー。上から1階席に降ってくるブラボー。半呼吸早かったがゆえに他の誰のブラボーとも重ならなかった幸せなブラボー。最高です。耐え難いほどの充足感で帰途につくことが出来ます。演奏よりもむしろそのブラボーに心を持って行かれることもあります(これは言い過ぎか)。音楽会ってやっぱり素晴らしいなと思う瞬間です。

それで私の言いたかった事というのは、お礼なのです。こういうことです:ありがとう、昨日のオーチャードホール、メゾソプラノの彼女が一曲目を歌い終わった直後に最高のタイミングでブラボーを叫んだ天井付近の男性。いい声でした。

4時間耐久レース

2007年7月16日

 忙しい東京に住む我々には、1つのコンサートで4人の異なるピアニストの演奏を聴くというチャンスはあまりない。聴衆の耐久力、集中力という問題もあるが、もしかすると、そもそも1晩でのコンサートに出演するのは1人もしくは1グループで、だいたい2時間ね、2時間、といった業界常識があるのかもしれない。

 それに慣らされているせいか、コンサートが2時間半を越えると、私などは長いなーと思う。キーシンのように、アンコールを弾きまくって気がつけば3時間オーバー、なんて事態が発生すると、そりゃあもう、どないでっかーもうかりまっかーぼちぼちでんなの新世界体験である。

 しかし過去を振り返ってみれば、たとえばショパンの活躍した時代のコンサートというと、複数の人、グループが入れ替わり立ち替わり登場して演奏したものらしいのだ。そして時間もかなり長かったようである。であるからには昨日のような4時間に及ぶ4人のピアニストによる長時間コンサートは、新奇なように思われても実は、伝統に則った由緒正しきものなのであった!ババーン!(テキトー)

 それにしても、4人のピアニストが同じピアノ(YAMAHA)を弾いて、全然違うスタイル、音、奏法で演奏するのを聴くのは大変楽しい出来事であった。もっとしんどいかなと思っていたが行ってみて楽しかった。4時間があっという間であった(ドンヒョク氏のシューベルトの中途で個人的仮眠休憩が個人的事情によりうっかり強制的に入りましたがご容赦)。

 また是非こういうたぐいのコンサートをどなたか時々は企画して下さい。

評価:☆☆☆★★★(100点満点)
☆・・・20点 ★・・・5点

シュタットフェルトと錦糸町 II

2007年6月23日

ザ・シュタットフェルト・ヴァリエーションズ 第2夜
6月22日(金)19:00 すみだトリフォニーホール
ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


J.S.バッハ:クラヴィア協奏曲 第1番 ニ短調 BWV1052
*アンコール*
J.S.バッハ:幻想曲ハ短調 BWV906
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ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調「皇帝」 Op.73
*アンコール*
「皇帝」第2楽章

 オーケストラという集団は、それだけでたいへん威圧感があるとお考えになったことはないだろうか。存在感ではなくて、威圧感である。舞台の大部分を占拠しているし、なんだかみんなで扇形のフォーメーションになっちゃったりして、さらには偉そうに腰掛けちゃったりなんかもして、ドドドンとしていることこの上ない。そもそもいったい何人いるのかすら判らない。多い。怖い。オーボエの自慢げなラの音にいつも心が痛む。←最後の方はウソ。

 しかし昨日の、二曲も協奏曲を弾いたシュタットフェルト氏な話だが、彼は一曲目のバッハの協奏曲が終わった時点でアンコールを弾いた。そしてその時にやってくれた。一曲目の時点でアンコールを弾くというのもイレギュラーだと思ったのだが(これは単に私が今まで遭遇したことが無かったというだけかも知れないけれども)、そこで彼が選曲したのは、一瞬で終わるような短い曲ではなく、それなりの長さを持ったバッハの幻想曲であった。演奏が始まるやいなや、私は感極まりデアーッ!と立ち上がって絶叫していた(注:脳内イメージ)。演奏も、端正さあふれるこの日一番の素晴らしいものであった。

 その間、いつもはそこにいるだけで客席にプレッシャーを与えつづけている彼らが、舞台の上でなにもすることなく、ただ聴いていたのである。おとなしく謹聴しているのである。なんとなくシュンとしているようでもある。おあずけをくった犬のように哀れである。これが嬉しくないという人がおられるだろうか、快哉を叫ばずにいられようか!(ちょっと断定的に過ぎたかな)。オーケストラという集団に対し、普段虐げられたる存在の代表として、「いつもうまく行くと思ったら大間違いだ、以後気を付けたまえ」とうさをおおいに晴らしたのであったことだよ。意味不明。

評価:☆☆☆★★(100点満点)
☆・・・20点 ★・・・5点

シュタットフェルト錦糸町ライヴI

2007年6月21日

マルティン・シュタットフェルト・ピアノリサイタル
6月20日(水)すみだトリフォニーホール19時 

モーツァルト:ピアノソナタ 変ロ長調 K333
シェーンベルク:6つの小品 Op.6
モーツァルト:ピアノソナタ イ短調 K310
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ベルク:ピアノソナタ Op.1
シューベルト:ピアノソナタ第21番変ロ長調 D960

*アンコール*
バッハの知ってるけど名前を忘れた曲
モーツァルト:トルコ行進曲

 (上の写真、プログラムの脇に写り込んでいる瓶の底らしき物は何か、とは聞かないでいただきたい。ただ、判っておられる方だけのために申し上げると、10.8リットルが10.5リットルぐらいになった、とだけは書き添えておきたい)ドイツの若者、マルティン・シュタットフェルト。81年生まれ。ソニーからババーンとCDが発売されている。私はと言うと、数年前に出た彼のゴルドベルク変奏曲のCDを聴いてさほどに関心を引かれなかったほうなのだが、ライヴを聴くチャンスがあるとなるとこれは、話はまた別だ。節操も何もなく、バヒーンと飛んで行ってきたのである。東京錦糸町、すみだトリフォニーホール6月20日(水)19時開演。

 私は舞台上の彼の挙動を見ていて、ああこれはアレだな、この人は「一人遊び」系であるな、と思った。いささかぎこちなく袖から出てくるその歩き方。左手の肘から先の動きがやや大きく、歩を進めるたびピョイピョイとコブシが上に上がる様。彼という人間はおそらく、一人だけでひたすら充足できるタイプである、と、これだけで勝手に思ったのである(失礼な想像)。

 学校のガキ大将が、野郎どもを引き連れチャンバラごっこに必死な最中でも、彼だけは、砂場で穴を掘ったり城を作ったりしているのであろう。・・・この城のここの屋根の角度が・・・うまくいかなかったら・・・今日はあの子に告白できないや・・などと一見わけのわからないような事を考えている人であるに違いない(失礼な妄想)。

 で、他の曲はともかくとして、シューベルトの第21番のD960の最後のソナタの演奏に関してはもう、膝がガクガクと打ちふるえるまでに素敵であった。この曲を聞けて、これだけで来て良かったことだよなあ、と私はため息をついたのであった。何せこの曲は、私の最も好きな曲トップ5には確実に入る作品である。へえ、いっつも採点はきつめにさせてもろうとりま、え?アンスネス?あかんあかんあんなんやめときなはれ、なのだが、昨日はとてもいい気分で聴かせていただいた(ただし第2楽章の、右手の上を飛び越えて、つまり腕がクロスされた状態で幾度も鳴るはずの左手パート部分は常に除く。・・・え?話が細かすぎる?いやーまあそう仰らずに)。

 彼はバッハから売り出しをして来た訳だけれども、バロックよりも古典よりも新古典派なんかよりも、この辺りの音楽をもっと聴いてみたいと思ったのであった。というわけで明日はバッハの一番およびベートーヴェンの皇帝という、協奏曲二曲である。果たして。

 しかし、そんな風に気持ちよく帰宅し、服を着替えようとしたその時に、床を這い回るゴキ子を発見した私。いと良き気分も水平線の彼方にすっ飛んでいき、全身に残っていたのはみなぎる殺意、ただそれだけなのであった。

評価:☆☆☆★(100点満点)
☆・・・20点  ★・・・5点

即決、セルゲイ・シェプキン

2007年3月 2日

 昨日の話の続きを脇に置く。セルゲイ・シェプキンという方のピアノ・リサイタルに行ってきたのでその模様を光速でお伝えしたい。東京錦糸町、すみだトリフォニーホール大。バッハのゴルドベルク変奏曲をメインに据えたものである。日本では彼の事はほとんど知られていないものの、ゴルドベルク(の演奏)がすごいなどと言うふれ込みであった。私としては以下、2種類の反応が出来るかと思った。

曲目
J.S.バッハ:  カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」 BWV992
ソフィア・グバイドゥーリナ: シャコンヌ (1962)
-休憩-
J.S.バッハ: ゴルトベルク変奏曲 BWV988

 バージョン1:明快で素晴らしいタッチ。そして繊細かつ簡潔な解釈には好感が持てる。世の中にはKISS(キス)という言葉がある。もちろん美しい女性とのそれは24時間365日拒むものではないが、ひとまず措いておくとして、ここで言うKISSというのは"Keep It Simple, Stupid!"の略であり、「シンプルにやらんかいダホ(どアホ)!」という程度の意味である。つまりこれは、下手な小細工を戒める言葉なわけだ。

 そして今夜のシェプキン氏の演奏は、この言葉にふさわしい素晴らしいものであった。バチグンだったのはグバイドゥーリナのシャコンヌ。私としてはむしろこちらにこそ、メインのゴルドベルク変奏曲を上回るほどのインプレッションを受けたのである。ゴルドベルク変奏曲も、若干のミスはあったものの大変興味深い出来であり、21世紀に生きる我々にふさわしい演奏と言えよう。

 バージョン2:いやー、なんていうか、私は同じピアノを弾く者としてですね、アレがありますともう、全身総毛立つわけです。顔に血が上るのです。アレというのはもちろんアレです。怖くて申し上げられません。もう、お願いお願いお願いお願いお願いとひたすら身を固くして耐えるわけです。しかも変奏曲の演奏には一時間ほどかかるのに、始まった早々でのあの恐怖でしょう、一気にどっと疲れが出てしまいました。あと4,50分あるのかと絶望のあまり2階席の柵を越えて飛び降りたくなる衝動を耐えるのが大変でした。

 ・・・・しばらくしてようやく、シェプキンさんも平常心になられたようで一安心したのですけれども、一度あることは二度ある、と申します。ああ、二度目のアレには私はもう・・・・・。え?アレが何かどうしても知りたい?そうですね・・・・私としてはもう、のだめカンタービレ第17巻の父親がコンサートに来たのを見つけた千秋状態のようなものとしか申し上げられません。人間であれば誰にでも起こる事です。あ、グバイドゥーリナと、もちろん変奏曲も何曲かは猛烈に素晴らしかったと思います。

評価:☆☆★★★  (☆・・20点、★・・5点)

衝突する身体、震える身体

2007年1月30日

 トーキョーワンダーサイトに行ってきた。と書くと、この名前が普遍的な響きをしているからかよく見知った所であるような気にもなってしまうのだが、全然知らない場所である(すいません)。お茶の水とか本郷とかその辺りにあるごくごく小さなスペースであった。

 そのワンダーサイト本郷において、ベルギー時代からの友人そして実は大学の先輩であるヴィオラ奏者Yシ氏がコンサートを開いたので、そそくさと行ってきたのである。ピアノ伴奏はこれもベルギーつながり実は大学の先輩、友人のSリ氏である。プログラムはほぼ20世紀のものであった。ヘヴィーであった。ベリオのセクエンツァが良かった。オチカレさま!ままま、ぐいっと。いやいやいやおととおとと、打ち上げにまで厚かましく参加してきた私である。

 しかし告白すると私はこのコンサート中、演奏自体とはやや無関係と思える点で慄然と硬直した瞬間が二度あったのでご報告する。それはコンサートの最後を締めくくるにふさわしい、ショスタコーヴィチのヴィオラソナタ作品147演奏中の出来事である。

 その1、底の見えぬ恐怖:伴奏者にはその楽譜をめくるアシスト、つまり譜めくりがつくわけだが、その譜めくりの、ページをめくる瞬間の出来事である。楽譜の表と裏の間、といってお分かりいただけるだろうか。うっかり指を切ったりしてしまうあの極薄スポット、そこが、楽譜がめくられようとするその瞬間、ぐっと身を乗り出したピアニストの顔に、コツ、と当たったのである!当然のように元の位置に跳ね返った楽譜。フギャー!!私は瞬時にして全身凍り付いたのだが、譜めくり人ならびに奏者もわなないたであろう。これは恥ずかしい、顔に血が上ったに違いない。穴があったら入りたい。私は恐怖と同情心のあまり鼻血を出すかと思った。

 その2、恐怖の終着駅:ショスタコーヴィチのヴィオラソナタは、いわゆる彼の絶筆なのだが、両端楽章の第1、3楽章がひたすら暗く渋く、そして長い。音符も少なめだ。併せて25分程度ある。弾く方もそれだけ難しいわけだが、聴く方も難しい。理解が及ばないのである(私も理解している自信はない)。そしてその最中に、私は見た!前方の客席で、うっかりfell asleep<居眠り>してしまった人がいたのである!それだけならまあよい。だってぇ、長いしぃ渋いしぃ。しかしその後がいけなかった。あろうことかビクッ!と震えてしまったのである。後方からその姿を見てしまった私のア、と息を吸う音がホールに響かなかった事を祈る。これは恥ずかしい、恥ずかしすぎる。穴があったら入りたいと再び思った。

 もしそこに居たのが自分だとしてどっちなら耐えられるか選びなさい、と言われたらあなたはどちらを選びますか?

レオン・フライシャーってそういうことだったのか会議

2007年1月18日

 (左写真はサイン会の間にこっそり撮ってみた写真)ピアニスト、レオン・フライシャーは生きながらの伝説である。ベルギーでおなじみのエリザベート王妃国際コンクールで優勝しながらも、突如襲ったジストニアという病気のため右手が使えなくなり左手だけのピアニスト、教育者、指揮者として活動を続けた彼が、両手復帰をしたのは既に80歳目前であった。そしてついに東京でリサイタルを開いた!(1月15日月曜日、銀座王子ホール)これを喜ばずにはいられようか!ババーン!!

 フライシャー氏は極めて老いており、歩く様もままならず、演奏も40年前のギラギラ輝くものではまったくない。はっきり言って枯れていた。嵐のようなミスタッチも連発した。しかしシューベルトの第21番の遺作ソナタはすばらしかったのではないだろうか。あの静かな、諦観のあふれる2楽章の静寂を聴いて涙しなかった人は非国民であると断罪したい。そして第3楽章でまたも涙滂沱(ぼうだ)として禁ぜずな私であった。

 日本人はというか、少なくとも私は、なにやら彼岸のかなたに行ってしまわれたアートが大好きなんである。ギトギトした演奏もいいが、白や灰色の世界で淡泊に進んで行くのが大好きなのである。絵画で言うと、水墨画ラバーズなのである。涙で猫を描いた、そんな雪舟にグッジョブ!である。

 終演後ウィスキーを片手にしたレオン氏に、いやー素晴らしかったス、最高ス、アランの弟子ス!とさりげなく最後の方でアラン氏との師弟関係を自己主張したのだが(アメリカ人同士であるアラン氏とレオン氏は知己なのである)、アロール、パルレフランセ?、じゃフランス語出来るのかな?といささか(だいぶ)会話が跳躍した事も、私にとってはよい思い出となったことだよ。

アルファベットを無駄に使ってみる日記

2006年9月15日

Olli Mustonen piano recital 12/sep/2006 BOZAR 20h
Shumann :子供のアルバムより
J.S.BACH :三声のインヴェンション
Shumann :暁の歌 Op.133
休憩
Mustonen :Jehkin Iivana, piano sonata
Prokofiev :ソナタ第6番, op. 82

アンコール
グリーグっぽい曲(判りませんでした)

 Pianist そしてConductorで、その上 ComposerでもあるOlli Mustonen氏は Finlandからお越しである。かつて大手のCD会社DECCAと契約していた人である。1967年生まれだそうなので、まだまだ若い。以前CDで聴いたおぼろげな思い出では、eccentricなという言葉のよくfitする演奏家であった。あちこちで Mucha-Kucha 激しく切られたstaccatoが何よりも印象に残っている。

 そんなわけで私は、彼の弾く Sibelius小品集のCDを5分聴いて投げ出したままになっているのだが、live ではどうなのかと、聴きに行ってきた。会場はBOZAR、12日午後8時。とあるGermanyの大都市のhallでrecitalをしたら(確かBeethovenの最後の3つのSonataだったと記憶する)お客の3分の1が帰ってしまったとかいう噂も聴いていたので、いやー、Belgiumでもやはりconservative(=保守的)な客は怒って帰ってしまったりもするのだろうか、とたいへん間違った意味で胸をときめかせながらhallへ。

 生で見る彼の演奏姿は、その演奏と共々、独特だった。例の奇人 Glenn Gould を意識しているのかどうか、奇怪な動きが目に付く。椅子の高さはnormal であり、上体もわりと固定されていたが、肩より先、腕の動きが活発である。そしてやはり目立つのが、尖鋭化したスタッカートである。尖るところはテッテテキに尖っている。加えて、とても高く振り上げられた腕が勢いよく鍵盤に向かって落とされるから、というわけもあるのかそれとも会場のpianoがそういう傾向をもつのか、終始大変きついギスギスした音が出ており、そこまで痛々しい音楽がしたいのか、と胸を突かれる思いをした。さらにはstage上が暑いのであろう、振り上げたとみせかけ実は燕尾服の右手二の腕部分で額の汗をぬぐう姿も度々見られ、そんなにぬぐっていたら燕尾服の右腕部分だけにシミができちゃうぞ、知らないぞ・・・・と私は思っていた2 hours。

 で、私の注目していた、客が帰るかどうかの問題だが、後半になってaudienceが減ったとは特に思われなかった。意外とBelgiumって大人なcountryなのか、進歩的なのか!Babaaaaahn!・・・・って実はそもそも最初から客席は半分も埋まっていなかったのであった。これほどガラガラのコンサートも珍しいのだが、彼が奇抜なピアノ演奏をすることはもう周知なのか、保守的な人は最初から来なかったのかも知れない。

日本時間2006年9月16日午前2時22分追記:
日記にアルファベットを多用したらスペルミスも多発しておりましたのでこっそり直しておきました。どこを間違っていたのかは尋ねないで下さい。

ステージから客席へ

2006年9月12日

 音楽家というのはコンサート会場で音は出すが声はあまり出さない(声楽家と特殊な現代音楽奏者は除く)。しかしそんな彼らの声を聞くチャンスは幾つかあるわけで、たとえば・・・

1:ドキュメンタリー、インタビュー映像を観る
2:アンコールについて説明する声に耳をそばだてる
3:終演後サイン会に並んで、聞こえてくる声を盗み聞き
4:サインをしてもらうついでに話しかけてみる
5:アーティストの友人が自分の友人という場合、紹介して貰う
6:サイン会がないので楽屋に突撃をかける(終演後にしてください)
7:おっかけになって自分の事を認知して貰う

 というぐあいだ。おそらく下に行くほど労力、勇気、情熱、やる気が必要となるだろう。本日取り上げたいのは「アンコール時に一言あいさつもしくは曲目を言ってくれる」場合に関してである。私の友人の間では、ステージ上から客席に話しかけるのは見た目が美しくない、品が下がる、音楽家は黙って弾け!という意見があり、確かにその意見も判らぬではない。ただ、そこはやりよう、あるいは貫禄の問題かなとも私には思われる。格好いい人は何をしても格好いい、とも言う。

 で、先日のムーティ氏の、アンコール時が素晴らしかったのだ。曲についてさらりと説明する姿もバチグン、声量も心地よく、声の質も特A、最前列で(本当は禁止されている)写真を撮ろうとしていた女性にも極めて親切であり、遮るどころかわざわざポーズをとってはいどうぞ・・・もういいですか、とサービスしておられたのだった。スマートである。客席もうけていた。すべてが良い意味で印象的であり、気持ちよく帰途につけた晩であった。

秋が来れば思い出す、遙かな

2006年9月 9日

 勘というもの、使わなければいくらでもなまる。私がこのたび直面した勘のなまりは<座席勘>であった。座席をめぐる攻防に私はつい、夏の間に養ったアンチ・勘のおかげで負けてしまったのだ。ただ、負けたと言って誰かに負けたのではなくそれは、自分の中で -しまったでやんす- と思っただけなのは改めて述べるまでもない。

 今シーズンのコンサート幕開けと言っても良いであろう、9月に入って最初の注目すべきコンサート、リッカルド・ムーティ指揮、フィルハーモニア管弦楽団の演奏会が7日(木曜日)にあった。行くかどうしようか逡巡(しゅんじゅん)していたのだが、当日の昼間、会場のチケットセンター前を通る用事があったため、安いのが残っていたら行くことにする、なぜならば財政縮小が叫ばれるこのご時世だからだ、と決めて勝負に出た。

 すれば、最安の席にもまあまあ空きがあったので、これは行くしかないだろう、ということに決した。ではどこに座るか。モニターの、空席が明るく光っている座席表とにらめっこをして決めるわけだが、このホール、安い席すなわち天上近くの席には所々に「直径1m強の柱2本」というトラップが仕掛けられている。要するにそれらが障壁となり舞台がよく見えないというわけ。そのことを私はうっかり失念していた。夏の間に失ったものは大きかった。まあこのへんが良かろうとテキトーに指さして決めたのが失敗、見事に舞台左半分が柱に遮られて見えなかったのである。

番組の途中ですがニュースです

2006年7月17日

 クラシック音楽関係の人たちと異なり、演劇の人たちは「練習する」とか「さらう」とか「合わせる」とかいう言葉ではなく「稽古する」と言うのである。言い慣れないので思わずうつむきがち、小声になってしまうこの言葉なのだが、連日の稽古を少し失礼して私は一昨日、このサイトでもおなじみ岡本麻子氏のピアノ・リサイタルに行ってきたのであった。東京文化会館小ホール。そのコンサートであるが、メシアンの「みどりごイエズスに注ぐ20の眼差し」第6曲「御言葉によってすべては成されたり」が猛烈であった。私はそれまで稽古の疲れ、外の温度湿度の高さから来る疲労、そして後述する理由により意識が朦朧(もうろう)としがちだったのだが、この恐ろしいフーガをダダダ!と勢いよく弾く彼女の演奏にバチーンと目を開くのみならず、鳥肌すらもよおしたのであった。岡本氏のメシアン、改めてオススメ。

 しかし、悲しいお知らせがあったのだ。それというのは、やってはいけない!あれである。自分の「思いこみ」の犠牲になってしまったのだ。余裕をみてホールに着き、時間があったのでトイレに行き、チラシなどを物色してからそろそろいきますかともぎりのおねいさんの方へと歩み寄り・・・・・「只今休憩に入りまして、後半の開演まであと15分ほどです」

 ガーン!!「何ー!今日は6時からやったんですか!」「あ、はい(笑顔)」「あららー・・・(目が泳いでいる)」

 前もってポスターを見て時間を確認していたのだが、言われて改めて見てみれば「18時開演」と確かに書いてあるではないか。私は激しく虚脱した。「18時開場」ね、1時間前から開けるなんてなんて太っ腹キシシシ、と勘違いした自分を非難すると同時に、今後は気を付け無ければいけないと猛省した次第である。「いやー今日は来てくれてありがとうー!」「悲しいお知らせが・・・」「なにしてんのほんまにーしゃーないわねー」。

青空参観日

2006年6月26日

 昨日は、ブリュッセルと言えば、の世界遺産広場「グラン・プラス」で、モネ劇場による年に1回の無料オペラコンサート(1時間強)があった。昨年度横向きだったステージ、今年は縦である。昨年はワーグナーの抜粋をやっていたが、今年はレオンカヴァルロの「道化師」全曲であった。曲を知ったときは、ええーせっかくの野外無料コンサートなのになぜそんなに暗い曲なのか確かに休憩が無くて75分ぐらいですむ短いオペラだから全曲通してはやれるけれど、と思った。しかし、企画者達は名アリアのオンパレードとかいったような野外コンサートには飽き飽きなのかもしれないし、サッカーで浮き足立つ人たちをしっかりと現実に引き戻す役目を負っていたのかも知れないし、「道化師」が好きで好きでしょうがなくて、とにかくここでやっておきたかったのかも知れない。

 やはりワールドカップの好カード(メキシコ-アルゼンチン)のせいか、人の数は去年よりやや少ないかもと感じられたものの、グランプラスに群がる人々。結局立たないと見えないため立ったまま鑑賞(それでもあんまり見えないが)。1時間強でも腰はガクガク、帰りはがに股にならざるを得ないのである。ところで演奏中、脇にふと目をやれば折りたたみ椅子持参のおばさま方がおられた。座るとよく見えないだろうが、腰にはやさしい。賢いと言えば賢い。そして実はこのおばさま達が、私にとっては一番おもしろかったのである。

 このオペラには有名なアリアがある。「3大テノール」のコンサートでいつも歌われた、笑い声付きアリア「衣裳をつけろ」というやつである。あ、知ってる、という方も多いだろう。これはおよそ45分ほど?経過した第1幕の最後に歌われる。で、あの例のおばさま達なのだが、なんと、彼女たちは、これが終わると同時に、即座に、スタコラさっさと、椅子をたたんでお帰りになってしまったのである。極めて潔(いさぎよ)いと言わざるを得ない。事前に「ねえ、明日どうする?最後まで居る?」「アレが済んだら帰る?」「ああ、アレが済んだらねぇ・・そうねえ」なんていう会話がなされていたに違いない。アレで通じているあたり、さすがおばさまである。微笑ましい。第2幕は殺人のシーンがあって怖いし心臓に悪いし、教育上もよくないし・・・・。

 さらに驚愕した事実もあったのでご報告する。無料の野外コンサートである。お祭り好きなのかたまたま居合わせてしまったか、ずっと地べたに車座になって陽気にワインをビンごとゴクゴク、酔っぱらっていた若者達も私の周りにいた。何と彼らも、あの曲を境に、いっせいに立ち上がって居なくなったのである。オペラなんて聴いていない振りをしてしっかりポイントは押さえている。侮るべからず!ベルギーの若者!ってこれは絶対たまたまだろうけど。

正しいピンチヒッターの迎え方 そのII

2006年6月17日

批評前半および曲目はこちら

 その1:「何やっとんじゃワレー!どついたろかー!」「何しに出てきよったんやおんどれー!帰れ帰れー!」空振り三振、あるいはゲッツーなどに終わってしまった場合、上のような罵声がスタンドから飛びやすい。おっと、打てなかった場合をうっかり先に書いてしまったが、もし逆転タイムリーを打った場合は「神様仏様・・・新庄様!」となるわけである。ポイントは、いずれの場合にせよ通常より感情の浮き沈みが激しいと言う点である。気をつけなければならない。例え打てなかったとしても状況をよく見るなら「ま、いきなり出てきて試合になじんでもないのにしょうがないわな。そら打てへんわ。そもそも今日の三浦はキレキレやった(注:素晴らしかった)。ま、次がある、次が」と言う評価も出来る。逆に代打逆転サヨナラ満塁ホームランを打ったとしても「ここで浮き足だったらあかんでよ、勝って兜(かぶと)の緒(お)を締めよ、やぞ」とも言える。

 その2:首脳陣はなぜ彼を代打に出すことにしたのだろうか。相手ピッチャーとの相性がいいようだから?近頃調子がいいから、一軍に上がってきたばかりなので様子がみたいから、それとも監督の息子だから?・・・ま、条件はもっとあるだろうが、それらの思惑が複雑に絡まって決せらるる場合も多いであろう。「八木出さんかいボケー!」「片岡さーん!」(引き合いに出した選手、いずれも新人でなくて恐縮だ)と叫ぶのも良いが、なぜ監督は彼を指名したのかを考えてみるのもまた一興。

 で、やっとこさ昨晩の結果である:ダヴィッド・フレイ、突如の協奏曲二曲というとんでもないピンチヒッター度にもかかわらず、演目変更無しでやってのけた意気込みをまず買いたい。「いつでも出られるようにしておけ」という監督の指示に忠実である。一曲目のバッハは出来もかなり素晴らしく、これはいけるかもしれない、ひょっとして勝てるかも(誰に?)と思ったのだが、思わず欲が出たのが失敗であった。後半、モーツァルトの、それでも第一楽章は集中力を持続させていたが、第二楽章になった時点でピチッと切れたように思われる。そのまま尻すぼみとなってしまったまま試合終了となってしまったのであった。ねえ、アンコール弾いてもいいかな?と尋ねる彼に、勢いよく「ノー」「ノー!」と言ったコンサートマスターの姿は一つの見識だとも言える(結局その後も拍手が止まなかったので弾いた)。

 つまり「ホームランかと思わせるポール際大ファールを放った(客席大興奮!)後、ねばったが・・・空振り三振(ちょっとガッカリ)」。なお、オーケストラについてであるが、とりわけハイドンの交響曲「太鼓連打」はガブガブしていて素晴らしかった。うまい!

評価:うーむ、60点(100点満点)