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CD ジュリーニ / ブルックナー第9番 / ウィーン・フィル

2008年12月 1日

★★★★★

でも今はジュリーニの指揮するウィーンフィルのブルックナーの9番(1988年録音、DG)を聞きながら涙してるんですけどね。


コンサートに行く人、行かない人。クラシック音楽愛好家はいずれかに分類される。ちなみに人類は2種類に分けられるのだが、それというのは、人類を2種類に分類したがる人とそうでない人、という風になるわけ。ハハハ、誰がうまいことを言えと。

私はどちらかというと積極的に行きたい方である。私の友人にも音楽会にはほとんど行かないという人がいて、それというのも、現在の音楽家はつまんないから、というのである。私は少し考えが違って、たとえばトスカニーニ、フルトヴェングラー、チェリビダッケ、カラヤン、ホロヴィッツ、ハイフェッツ、シュヴァルツコップ、なんつう、皆さん録音を通じてご存じのかつて地上に存在した超人たち。録音を通じすばらしいと思うし、少しずつ集めてもいるが、やっぱり音楽はホールで聴くもの。CDとかいうのはあくまでも副次的なものである。だって彼らは目の前にいないもん。あるのは再生装置とヘッドフォンだけ。むなしい。

音楽が、好きだー!と渋谷区の中心で叫ぶことの出来る人間の一人として、ホールに足を運び、演奏家と時間を共有する数時間が、いいよね、たまんないね。つまり、釣りバカ日誌を観てニヤニヤするのもいいが、実際に船に揺られてつりを楽しむのとは全然違うんである。あるいは釣りに行っていて、釣った魚を評して、ああ、昔の魚は良かった、と言うのもなんだかな、と思う。なんというか、昔の思い出を語るには私はまだまだ若いんよねーあっははははははは、と言うことである。私も70,80歳になったらすっかり意見が変わってるかもしらんけど。

でも今はジュリーニの指揮するウィーンフィルのブルックナーの9番(1988年録音、DG)を聞きながら涙してるんですけどね。これ、今日になってやっと聴きましたけど、噂にたがわずmu-chakuchaすごいですね。

CD: コジェナー/ラトル/OAE モーツァルト

2008年11月15日

★★☆☆☆

コジェナーさんはラトルさんとこの今月のベルリン・フィル日本公演においでになる。マーラーかな、をお歌いになる。さる識者になんでコジェナー?と質問し、ラトルのパートナー、との返事になるほどと首肯した私はピュアなハートに欠けているのではないか?


エンライトメント管はイギリスのピリオド・オーケストラであり、世界中に幅広く張り巡らされた(ウソ)私の情報網が教えてくれたところによると、ベルリンに行ったラトルが、ここ数年唯一指揮しているイギリスのオーケストラ、なんつうことになるんだそうである(そろそろバーミンガム市響を指揮する事になっているらしい)。

それにしても、高村光太郎は悲劇であった。自分の方が才能が豊かだった故、同じく芸術家であった奥方は精神を病んでしまった。唐突で恐縮だ。また、これが事実であったかどうかはわからないのだけれども、それはともかくとして、夫婦で何かをやっている人たちの話を聞くたび私はこの話を思い出し、ちょっぴり暗い気分になる。家庭に仕事を持ち込まない、という言葉はいろいろ意味があろうが、なかなか説得力があるなあ、なんつって、家庭を持っていない私だが、思うんである。

互いに嫉妬すると思うんである。才能のレベルが同じ夫婦なんてのはいないだろうし、レベルが客観的に見て同じだったとしても、それで円満に行くわけはない。似たもの夫婦、なんつってお互いが納得なんて、絶対にしないであろう。夫婦でアートなんぞするものではないと思うのであるが、これは単に私がそう思っているだけなんであろうか。

そんなこんなで、ハラハラしながら聞いてしまった。録音中、喧嘩しなかったか。この録音のせいで二人に別れ話はでなかったか。呼吸がずれるたびに覚えず、あ、なんて声を上げてしまったりした。そんな意味合いもあり、個人的にこのCDはあまりオススメできない。バックグラウンドを無視して音楽だけを聴け、と思わなくもないが、それは私には出来なかったみたい。こういうのは知らぬが仏、なんである。きっと。たぶん。ひょっとしたら。ちょっと音程も甘いしい、みたいな。

DVD: ベルリン・フィル ヴァルトビューネ・コンサート2000

2008年11月 5日

★★★★★

ベルリン・フィルが毎年夏に、ベルリン郊外のヴァルトビューネというところでコンサートを開いていることはご存じか。2万人以上収容の野外コンサートホールでPAを使用して大々的にやるんである。言ってみたら隅田川の花火大会のようなものだ。例えが適切かどうかは措いておいて、ま、ようするにお祭りでありますな。

2000年のそのコンサートはリズム&ダンスというテーマであった。指揮はケント・ナガノ。名前は日本っぽいがアメリカ人である(日系)。顔もバリバリ日本っぽいがアメリカ人である。いつ見ても髪型だけは若干恥ずかしい。で、このコンサートである。前々から気になっていたもの、新宿タワーレコード9Fで安売りをしていたのでやっと買った。

林英哲という和太鼓奏者を皆様はご存じか。私はこの方の存在は知っていたが、はっきり言ってあまり知らなかった。彼はいわゆる和太鼓の第一人者として知られる方のようで、カテゴリーとしては「かなりすごい」に属すようである。和太鼓が何でベルリン・フィルやねんと思われるだろうが、むりやり共演してんである。松下功という作曲家の作品和太鼓とオーケストラのための「飛天遊」で共演してんである。ま、和太鼓協奏曲ということですか。

見た、聞いた、泣いた。林氏のあまりにも圧倒的な存在感。驚異的集中力。実演に接していれば体に響く振動があなたの存在を心底から揺さぶったに違いないのだが、私もヘッドフォンより耳とその界隈に伝えられる振動でモーレツに感激した。気がつけば私は、グワーと立ち上がってファンタースティコ、ファンタースティコ!!と意味なくイタリア語で叫んだ(ウソ)。

顔を真っ赤にして喜ぶコンサートマスター(当時)のクスマウル先生、わざわざ休符時に後ろ(に立って演奏している林氏)を振り返って演奏を見つめるホルンのマックウィリアム氏らを始めとするベルリン・フィルのみなさんも終始笑顔、ケント・ナガノ氏も滋味溢れる笑顔。そして最後の一打と共に緊張を解き放たれた客席のスタンディング・オベーション。なんという至福の瞬間。

それ以外の曲の演奏なんかどうでもよい、「飛天遊」という曲のオーケストラパートもま、はっきり言ってしまうとほぼどうでもよい。この伯林という異国の地でひとりひたすら太鼓をたたきまくる林氏の、あまりにも明るく輝いているその姿が拝聴できる20分強(アンコールを含む)だけでこのDVDの価値は計り知れぬものとなっている。私の友人が客席で口を開けて映っているのも、見逃せない・・・!!

DVD: バレンボイム スカラ座リサイタル2007

2008年11月 2日

★★☆☆☆

ベルリン・フィルのメンバーとか、個人的に私の接した人たち限りで話を進めるけれども、ヨーロッパの音楽家の間でバーレンボイム氏(1942-、アルゼンチン)の評価はむーちゃくちゃ高いように思われる。ピアノと指揮とを両立させることに成功している唯一の音楽家、なんつう言葉が聞かれるのはバレンボイムだけであった。

そのバレンボイムは先シーズンよりミラノ・スカラ座の・・・なんだっけ。何かになっている。あ、今調べたら主席客演指揮者(principal guest conductor)であった。そうそう、私が言いたかったのはこの事である。テキトー。ピアノもガンガン弾けて指揮も出来てオペラもバシバシ振れちゃう驚異の人間バレンボイム。フルトヴェングラーだって少年バーレンボイムにびっくりしたもんね。スカラ座の主席客演指揮者に就く前数ヶ月(2007年5月28日)のリサイタル記録、それがこのDVDであった。世界のスカラ座でのリサイタル。

持ち上げておいてナニだけれども演奏自体は残念ながら総じて低調。ブラヴォーに混じってブーイングも激しく飛ぶがあれでは致し方あるまい。最後の曲リゴレットパラフレーズは若干輝きを見せていたけれども。まあそれはともかくとして、私が気になったのはそんなことではない。舞台である。言うまでもないがスカラ座はオペラハウス。そこでピアノ一台のリサイタルをするということは特別のことなんである。オペラに比して出演者も少ないですし、傾斜のついたオペラのステージでは演奏もしにくいよね。つうわけで通常のステージではなく、オーケストラピットにふたが被されそこがステージとなっている。オペラハウスではよくやる方法だと思うのだけれども、こういう舞台を見るたび私は不安な気持ちになる。

・・・舞台の下はどういう空間になっているのか。たぶん詰め物などのない板一枚とかであろうから、それはつまり、強度の問題が取り沙汰されてしかるべきであろうと思うのであるがいかがなものか。板一枚で重たい重たいピアノを支えるんである。想像をするだけで冷や汗が背中を伝うのではないか?演奏中にボスッと床が抜けたりしたらどうするつもりなのだろうか。そんな事故は今までなかったのだろうか(いや、それぐらいは考えてつっかえ棒かなんかがあるんでしょうけど)。まさにこれは「黒ひげ危機一髪」の世界ではないか!ギャー!

そう思って見てみるともう、膝は打ち震え、顔面は蒼白となるのであったが、誰かこの恐怖を共有してくださる方はいないものだろうか。

ネトレプコ/清教徒

2008年10月20日

何でもかんでも高いな高いな/と思う私の頭の中は/デフレ・スパイラル


俵万智を読み過ぎて一句出来たところで本日のお題に進みたいと思うんであるけれども、それにしても最近、いろいろ高いなあ、と皆様も思われないだろうか。そもそもけち、りんしょく、倹約家に生まれついている私が気をつけていることと言ってそれは、基本的に外食はしない。ちょびっとだけ遠いけど買物は出来るだけ激安スーパー「OK」初台店に行く。移動は都内であれば出来るだけ自転車でする(都内なんつっても、檜原村とか秋川渓谷なんかに行け!なんつって言われたら立往生の末に卒倒するのでそこは勘弁してほしいけどな、と思っていることだけはあらかじめ理解してほしい)。そんな私は、クラシック音楽関係の色々の、あまりの値段の高い現状を憂えているものである。

先日タワーレコードのDVDコーナーをつらつらと眺めていて目が飛び出たのである。ネトレプコが出演するオペラのDVDが、い、い、いっ、10,000円するんである。むちゃくちゃ暴力的な値段設定である。私は我と我が目を疑うた。五枚組六枚組?いえいえ、二枚である。目を剥いた。目が回った。怒りがわらわらとこみ上げた。なんでこんなに高いのか。

子供を産んだばかりでお休み中とはいえども、彼女の人気はなお沸騰しているのか、彼女が彼女のエージェントがめっさ強気なのか。もちろん第一線の歌手であるからには出演料とか権利関係その他にかかるお値段なんつうのは高いであろうことは想像出来るけれども、しかしながらDVDのプライスをこれほどまでに上げて何ぞ良いことがあるのか!!ババーン!

こうである。売れない→数が売れないので値段を上げることで採算をとろうとする→ますます売れない→値段があがる→さらに売れない→ますます・・・・(略)。最後に待ち受けるのは、倒産、閉業、差し押さえ、社長以下一族郎党みな夜逃げ、とかそういうたぐいの哀しきデッド・エンド。なんつって思うのは考え過ぎか。

・・・・そういえばかつての大歌手、ビルギット・ニルソンもギャラがウルトラ高額でみなさん苦労なさったとかそうでないとか・・・ホホホ、などと考えながら今度は近所の本屋Book 1stに行ってみたが、なんとその噂のビルギット・ニルソン自伝が翻訳されて棚に並んでいるではないか!これは買わんければいけん、と手にとってレジに進みかけ、ふと値段を見てあまりの高さにピウと/秋風が私の心に吹いて/そっと本を棚に返した秋の/ゆふぐれうつりにけりないたづらに。字余り・・・。

いや、そのうち買いますけど。ていうかネトレプコの方はすでに買いました。

ヴェルテル/ガランチャ/ウィーン国立歌劇場

2008年9月 9日

ヴェルテルのDVDを観ていて思い出したのだけれども、ウィーン国立歌劇場の電気はクールだった。大きにクールであった。私はこの偉大なオペラハウスっちうやつに合計でたしかたったの2度しか足を踏み入れていないけれども、ここの照明は確かクールであったと思う。


それはシャンデリアがどうのとかではなくて、開始直前に消え始めてから完全に消えるに至るまでの短い間のことなのだけれども、劇が始まる前に劇場が暗くなるのって、興奮しますヤン。それがこのウィーン国立歌劇場ではバシバシにクールに決まるのでパンパンに興奮したんでした。私の留学していた街ブリュッセルのクラシック専用ホールであるところのパレ・デ・ボザールはむちゃくちゃぎこちない消え方をしてまして、それはそれでおもろかったんですけどやっぱウィーンはちゃいましたなー。

いや、何がって、ただ単に暗くなって消えるだけなんですけどこの消え方のさじ加減、消え方のなめらかさ、スウウウと無限の暗闇になっていく感じがいいのですよ。DVDを観ていた私はかつてのこの劇場での体験を思い出して小さな胸をつぶさんばかりになっていたのですよ。

そらあ何じっかいと行っておられるような方にしてみますと、そんなことにいちいち感動しておったらあほらしくてかなわんやんけなんて思うのでしょうけれども幸いにして私はたった2度しか行っておりませんからこんな純粋な気持ちをやたらとキープできているわけですなほんでもってこうやってDVDを鑑賞しているときになんやらええ心持ちになれるというわけです。ええなあ。舞台衣装なんかは電気のクールさに比してあまりにも野暮チンで全然いけてませんでしたけど、それでも電気がスウと消えるところが映っていましたので気持ちよく観ることができました。ガランチャも美しくて。

一人でヘルメットみたいな巨大なヘッドホンをかぶったむさ苦しい男がそんな風になっているというのは想像してみられたらいいと思うのですけど気持ち悪いと思うのですけど。時々チン、なんて鼻をかんだりして。

純粋は悪だ!なんつって頑張るのもいいですけど、純粋というものもまたよいものでございます。南無南無。

オペラ・ファナティック

2008年8月30日

そのステファン・ズッカー氏の続き。彼の、何とも奇妙奇天烈なDVDが、私の手元にある。「オペラ・ファナティック」。いやー、彼のDVDは他にも前に見たことありますけど、今回のこれはいろいろと気になったとですよ。ま、内容は、年を取ってとっくに引退した女性歌手を訪ねて行き、ある人は拝み倒し、ある人には花束をプレゼントし、なんとかかんとか言いくるめてインタビューをしまくる!という、ものごっつうおもろそうな内容である。オペラが好きなんですね、ズッカーさん、ようくわかる、よくわかりますよ。が、しかし!ババーン!!


・・・彼の話し方が特徴的なこと、山の如しである。裏声でずっと喋っているのである。前見たDVDでもこの話し方だったが今回は特に気になる。ところでこれが彼の本当の声ではないことは、折に触れて彼が笑うときに出る地声を聴けばわかる。低い。で、なんでなんで?なして裏声なのですか?という疑問がずっと頭から離れない。もちろん最後まで見終わっても解らない。

彼の遅刻すること、風の如しである。気むずかしい昔の歌手を訪ねるというのに思いっきり遅刻している。そして怒られている。当たり前である。せめて遅刻する前に電話をしてはどうか。私も人のことはあまり言えないけど。でも人によっては拝み倒してインタビューをやっととりつけているいるのに、それにしても。そしてそれを編集でカットせずに流しているその理由が分からないこと林の如し。

そして彼のテーマの些細すぎること、火の如しである。この一連のインタビューにおける第一のテーマは、歌うときには胸声を使うかどうか、なようなのである。マニアックである。一部の人は猛烈に反応するかも知れぬが、私は特にそんなテクニック上の、そんな話を中心テーマに持ってこられても困る。そもそも興味がわかない。そんな話より、もっと面白い話が聞きたーい!ギハハ!と思ったのであった。

この人、ベルカントソサイエティーという、もの凄くマニアックなDVDやCDなんかをいっぱい出す非営利会社の代表のようだが(私も何枚か持っております)、自分自身のDVDが最も奇天烈大百科である。で、何というか、彼の最も高いという声に対抗してむちゃくちゃ高い声とかむちゃくちゃ低い声(リンク先いずれもYouTube)でも聞いて下さい。聴くだけでノドがつらーくなりますことうけあいますから、ええ。聴いているだけで顔がいびつにゆがみます。つらいです。

エマール、メシアン

2008年8月15日

メシアンが生まれて100年経ったなんて、そんなこと、信じたくない。なんてちっとも思ってなんかいない。なんちて、はは。今日び、はっきり言ってメシアンである。好きである。いいよね、メシアン、楽しいよね、メシアン。タクアンかメシアンかどっちなの、もうっ、早く選んでよ、って赤い頬をしたかわいい彼女に上目遣いでダジャレなど言われたら最後、あなたもメシアンにイチコロであろうことは想像に易い。曲がいちいち長いのは困るが、あんなに退廃的で官能的な音にはまいっちゃう。いい子のみんなも、アーメンの幻影で行こう。


なんでこんな時に突然メシアンがそんな年になっている事に気が付いたんか、ちうと、エマール君という、メシアンのかわいがっていた子供だったのだそうですな、このエマールというもうバッチリSPECIALなピアニストのこの出たばかりホヤホヤ新しいCDがメシアンのアルバムなのであった。

私は過去に、なんたる運命のいたずら、彼のリサイタルに数度行く機会があり、一回は彼のスペシャリティとするところの現代音楽のリサイタル。音の切れ味のあまりの様々な変化に頭がおかしくなりそうになった体験を持つ。「ねえねえ、どうやったらあんな風に音を切れるのですか。ペンネーム:ジュテーム、56才。」とかって、官製はがきに書いて、投稿しそうになった。

で、そわそわしながら聴いてみたら、やっぱりいいよなあ。いいですよね。「火の島」もよいよな。いまの今まで「火の鳥(とり)」って勝手に思っていたけど、原語であるフランス語のタイトルがちらっと目に飛び込んできてヒヤリハッとして何度何度読み返してみてもイル・ド・フーって書いてあって仰天してようよう漢字もじっと見つめて後やっと納得した、なんて赤面のアクシデントもあったけど、へこたれない、それがわが人生。選曲もよくて、メシアン初心者にもオススメだと思われるCD。

ビールビールビール!ビールゥゥゥウ!!

2008年8月12日

今年の春に、エイジ・オブ・エンライトメント管の演奏を聴いて以来はまりにはまっている、J.S.バッハ「ヨハネ受難曲」を今夜も聴いている。部屋はクーラーも効いていて、気分は最高である。融けて流れよ、わが心よ、溢れくる涙の潮に・・・と聞いて涙せぬあなたは一体何なのか。人間辞めますかそれともヨハネ聴きますか。


武満徹は作曲の前には必ず「マタイ受難曲」を聴いていたそうだ。クールだ。しかし、私も負けてはいない。なぜなら私はサイトを更新するにあたっては必ずヨハネを聴き、心にインスピレーションを得るからである。というのはもちろん嘘だ。

私のような独り者の人間にとって、重要かもね、と思うのはビールの気楽に飲める店。と、言っても、へべれけになってくだを巻き、ようよう、亭主、てめえ、BGM選曲がよくないですよね、モンテヴェルディが聴きたいな、僕ちん。「ウリッセの帰還」なんていいかも。つって、言うてやるためではない。

私はヒマがあるとぼけーっと本を読む癖があるのだけれども、それに際してなんだか自分の部屋で、というのはあんまり易しくないないのである。残念ながら拙宅はくつろぐにはあまり構造的によろしくなく、よいチェアーもソファーもありませんし、じゃあ、っつて布団にころがって読みますとなんたる不思議か禍事か、しばらくもせぬうちバサッと頭に本がかかってくるんである。寝てんである。こないだ買った町田康の新作「宿屋めぐり」なんて、ハードカヴァーでなかなかに重たいものですから、こつん、と顔に当たるとこれがけっこう痛いんであるよね。涙が出ちゃう。

で、本を読むのに都合の良いところはないかな、と探すとこれがあまりない。コーシーを飲みながら、というのも悪くはないけれども、何だかな、と思う。そんなに格好をつけることもないかな、と恥ずかしくなってしまうのですね。で、ビールでも気兼ねなく何杯も飲めて、かつうるさくない、くつろぎの場所。どこかないだろうかと思っているが見つけられないでいる。いや、実は、東京オペラシティのB1階にあるHUBで昼間から飲むのはなかなか気持ちいかったですけど。

はるみ日本一

2008年8月10日

一番好きな楽器はなんですか。以前は私はヴァイオリンかな、なんつってテキトーに答えていましたが、最近意見が変わってきました。いやもちろんヴァイオリンも好きですけれども。もともとは私はピアノを弾く人間ではありますが、ピアノはそこまで世界一好きな楽器ではありません。なんて言うとびっくりされる方も居られるのですけれども(もちろんピアノが嫌いと言うわけではありませんのでどうぞお間違いの無きよう)。


最近になってしみじみと、いいなあーっつって思うのは何であるかと申しますとそれは、声なのです。声なんですね。いいですね、歌っていうのは。いや、昔は歌はなんだかなあなんて思っていたのですから、自らのこの変わりようには我ながら嗤うより詮ないのでございますけれども。で、そんなことは棚に置いておいて、いやー、なんていうかー、声ってのは人間の作ったどんな楽器よりも、限りなく秀でていますな。ピアノよりも弦楽器よりも、オンドマルトノよりも。断然にいいですよね。オペラを見終わった後にブラヴォー!って叫ぶのは最高ですよね、そう思いませんか。思いませんかそうですか。

なんつって改めて思ったのには訳がありまして、先週あたりにちょっとした用もあって、シューベルトの歌曲を聴きまくっていたのですけど、そこで、ああーっつって奇妙な叫び声を上げたのです私は。で、それをきっかけにそこからもあちこちに飛び火しまして、しばらくタンスの肥やしになっていた歌のCDを取りだしたり、Youtubeなんかも久しぶりに観まくって、タハハ、パチパチ!って一人大喜びをしていたのでした。今も最近買ったエリーナ・ガランチャ(メゾ・ソプラノ)のCDを聴きながらキーボードを打っておりますが、まったく、よいものでございますね。

今日の朝方にみました男はつらいよ第31作「旅と女と寅次郎」も、マドンナがこれが都はるみだったのでございまして、素晴らしい歌声を聞かせてくれまして、私はますますもって気分をよくしているのでございます。昨年後半より始めました寅さんシリーズもようやく31作目まで来ましたけれども、この31作目はまた、格別のよろしさがありました。いよっ!はるみっ!日本一!

その時はある日突然にやって来るのである

2008年8月 5日

キリストは曰く「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。」と。果たして、その時は突然、やって来る。私の身の上にも、ささやかながらその時はやって来る。来た。一昨晩の夜中12時前後にやって来た。グレン・グールド(1932-1982、カナダ)のライヴ録音と共にやって来たのである。


それはカラヤン+ベルリン・フィルとベルリンで共演した1957年(ドロップアウトまでまだ7年ほどありますな)のライヴ録音な記録、最近になって発売されたそのディスクである。突然やってきたのは、ベートーヴェンの第3協奏曲の、終楽章の冒頭の信じられぬ美しさであった。あまりに驚異的な美しさであった。ありがちな気負いのまるでない、おうと溜め息の思わず漏れ出る軽やかさ。重力というものが全く感じられぬ、何という妙なる出だし。ここには天才の天才が収録されていた!

私の全身、ゾゾゾと上から下に電気は流れたのであった!誰もかなわない超絶ワンダーランド。久しぶりにグールドのCDを買ったけれども、この終楽章冒頭は死ぬほど素晴らしい(もちろんその前後だって素晴らしい)。

ジャケットの写真もええやおまへんか。作為というかポーズというか格好つけました感のヴァリヴァリ溢れるカラヤンの、横顔とか右手人差し指あたりとかその辺を含め、申し分ない気品が漂うもので、文句なしにオススメ。今月号のゴロ芸特選盤に推したい。

涙の止まらぬ夜は

2008年5月 3日

いやあ、それにしても私は最近オペラばっかりなのですれども、それにしても、本当に素晴らしいオペラというものはよろしいですなあ、と思った今夜なのでした。R.シュトラウス「カプリッチョ」、これ、最強ですね。あまりのすばらしさに、涙のとどまることの無い、23時を過ごしました。こんな最強なオペラがあっただなんて、今の今まで私は知らなかったのでしたが、本日このオペラを知ることが出来、この上なく幸せな気分を味わいました。最高の気分です。このーぅ、幸せ者ーぅ。ルネ・フレミング(ソプラノ)+ウルフ・シルマー(指揮)+パリのオペラ・ガルニエ。2004年。発売はTDK。全くもって素晴らしい時間でありました。


先々月、私はウィーン・フィルのホルン奏者S氏らと飲んだのですが、そのとき私は既に泥酔気味だったのですけれども、S氏が「カプリッチョ」最高!ていうかR.シュトラウス最高!とかいうような事を言った、そのように記憶していました。オペラ初級者だった私はその当時、R.シュトラウスのオペラというと「薔薇の騎士」「影の無い女」「ナクソス島のアリアドネ」「アラベラ」たったこれだけしか知らなかったため、カプリッチョを褒め称える彼にあまりついて行っていなかったのですけれども、ついに今夜、若干、追い付いたのであります。

つまり、カプリッチョがむーちゃくちゃ面白かったのです。私がかつてブリュッセルに住んでいた頃、図書館から借りていけないコピーをしていた、そんなDVDをようやく今晩になって観まして、私は滂沱(ぼうだ)ととどまることなく落ちる涙をひたすら涙したのでありました。なんという面白さ!何という美しさ!よくできたミステリーのような、おっそろしくわくわくする展開!そしてオペラ・ガルニエのプロダクション(演出)も素晴らしい。もちろん大スター、ルネ・フレミングの声もたまんないですね。

こんな素晴らしい体験のできる事というのはあまりあることではありませんけれども、そんな滅多にないチャンスをくれた、ルネ・フレミングさん(アメリカ人)と、R.シュトラウスさん(ドイツ人、物故者)に感謝感激、あめあられ。東京は今、熱狂の日かも知れませんが、こんな時こそ、ひとりこっそりR.シュトラウスで涙するというのもいいものかも知れませんですよ。

ジャケット判定法

2008年3月11日

CDは売れないそうである。ぐんぐん落ち込んできているとかそうでないとか。台頭するダウンロード市場のせい?それともそもそもクラシック音楽を聴く絶対人数が少なくなっているせい?根拠はないが、どちらをとってしても、そうなのかもしれないねそうかもねと勝手に想像してもいる。哀しいことだ。

そこで(どこで?)私がみなさんにむやみと推奨したいのは、かつてレコードの時代にあった、また現在でもかろうじて残っているかもしれぬ「ジャケ買い」である。ええ?ジャケ買いの意味が解らぬ?ああ、ダウンロード世代の君たちよ・・・・私はタメイキしてしまう。

ジャケ買いこれすなわち、ジャケットのデザインを観て、その内容がどのようなものであるかを知ることなく、そのデザインのみで、言葉を換えればテッテテキに外面的理由のみでそのCDを買うことである。きれいなデザインのジャケットを持つCDはそれだけでなんとなくわくわくする。クラシック音楽というと「ダサイ」「デザイン的センス無し」などと思われがちだが中にはスーパーなものもある。というわけで私の最近のジャケ買いにおける成功例を発表したい。それは・・・・!!

ってでかでかと上に出てますが。しかもDVDですが。いいですなあ、このジャケット。デザインもいい、色がまたいいね。この剣と、ネクタイがまたたまりませんね(実際にはこのシーンではネクタイはしてませんでしたが)。そして実は高かった事も(7,000円以上した)このジャケ買いの意義をさらに高めていること、確かである。これが70円だったら全然興奮しないもんね。これというはモーツァルトの「皇帝ティートの慈悲」アーノンクール指揮ウィーン・フィル、ザルツブルク2003年夏のライヴである。

アーノンクール氏指揮ウィーン・フィルの演奏自体は個人的にはあまり好きになれなかったのだが(本当にまったく個人的な好みでアーノンクール氏の演奏は昔からあまり好きではないのです)、いい舞台であった。基本的にかなりクールなものであった。名前からして既にバチバチクールなプブリオの、彼の衣装もおっそろしくクールならシャーデの演じる皇帝ティートの衣装もかなりクール。私の大好きなバーバラ・ボニーの鼻も超クールに決まっていた。そして何より、セスト役のカサロヴァの顔に至っては最初から最後まで超絶クールであった!!俺様もう釘付け、オーイエー。

コープスブライド

2008年2月24日

私の頭は毒されている。なんつって書くと人目を引くことが出来るかも知れないね。イヒヒ。


そもそも何でこんな事を書いてみたかったかというと、それは近頃(先週)ぼけっと寝っ転がって観た映画、ティム・バートンの、ストップアニメーションの頑張ってみた作品「コープスブライド Corpse Bride」でギョッとなったからである。こんな音楽に関わるサイトをやっているからには音楽のことを書くのに間違いはないのだが、ピアノの鍵盤の件である。

白鍵と黒鍵の配置がおかしいとかそういう問題ではなく、ピアノを弾くブライドグルーム、と言って伝わりにくければ花婿氏(主人公)がピアノを弾くときの、押さえた鍵盤と実際に鳴っている音が全然違うからであった。これは・・・気持ち悪い。想像するに、この部分の作成中にまだ音楽が出来ていなかったから、あるいは後々変更となったからか。ま、そうであろうがなかろうが、その辺は問題ではない。

それでも20数年、ピアノの鍵盤と向き合っている経験を持つ私である。だいたいどういう音が出るであろうかと言うことは手と鍵盤の位置やなんかを見ていればわかる。ところが、この映画では目で見て期待する音と実際の音とが全く異なっていたためギョッとした次第である。それはなかなか気味の悪い体験だったのだけれども、一般の方はどのように見られていたのだろうか。おそらくそこまで驚きはなかったのではないか。

映画そのものはイヤーッホウ!な感じで(どんな感じ?)、「ピーウィーの大冒険」「マーズ・アタック!」の監督は相変わらず変であることだよなあと、ニコニコとウィスキーの瓶を空にしていった夜更けであった。

つらいねえべらんめえてやんでい

2007年12月 9日

男はつらいのである。なんでそうなのかは知らない。しかし、私の長年の夢をまた一つ、叶える時が来た。とうとう来た。私はついに、ツタヤ新宿店5階のあそこに並ぶ「男はつらいよ」シリーズ(全49作)に手をかけ始めたのである。昨日と今日とで最初の2作を観た。楽しかった。バッチ楽しかった。これは・・・やみつきになる。そう確信している。仮にペースは抑えめ、週に2本ずつ観たとすると半年ぐらいかかる計算だ。何と言うことだ。この先の半年がウキウキではないか!


私はこの作品を今の今に至るまで観ていなかった自分を恥じた。そもそも渥美清だれ?矢切の渡し何?の世界だったのである。しかし、遅きに失したとはいえ、この超弩級シリーズに手を出しはじめた事は誠に持って喜ぶべき事である、慶賀すべき事である。重畳である。太鼓打ち鳴らして大判小判がザックザクである。寅さんの妹、さくら役の倍賞智恵子氏の何とかわいいことか!(41年6月生まれですから公開当時28歳ですか)私はあまりのかわいさに目を丸くし心臓は急速にビーティングし冷や汗を5リットルぐらいかいたと告白せざるを得ない。

で、私は早速、私という職業の者であれば誰もがする突っ込みを入れてしまった。ま、一種の職業病である。それは第2作目(「続・男はつらいよ」)の後半の出来事である。この作品のマドンナ(寅さんが劇中片思いをする女優。毎回違う女性がゲスト出演。)はなんということかチェリストなのだが、その彼女の演奏シーンが出て来たのだ。それも弦楽四重奏曲なのである!演奏が始まってみればそれはベートーヴェンの第6番作品18-6であったが、何が始まるのかはらはらして見守っていた私は、バナナの皮を踏んだとき以上のスピードでひっくり返った。弾いてるふりが・・・・へ、ヘ、ヘター!!

どうやったら?

2007年10月25日

もの凄く久しぶりにグレン・グールドの映像を観た。どれぐらい久しぶりか思い出せないぐらいである。観たのは彼がスタジオ録音として81年に再録したゴルドベルク変奏曲のDVD。うっかりタワーレコード新宿店で買ってしまったのである。ヤマハのピアノで録音したというあの映像である。なぜヤマハで録音したのか、それはいつだったか、ホロヴィッツの調律師として有名なフランツ・モアの回想談で詳しく読んだのだが、それにしてもインタビュアーで映像作家ブルーノ・モンサンジョンのメガネは今日も丸かったなあ・・・。


いや、そんな事ではなかった。私は観ていて非常に感動した。今さらグールドで感動した。モーレツに感動した。最高である。グールドって誰?と仰るあなたには、進化生物学者の彼ではなくて20世紀最大のピアニストの一人ですよとお答えするが、協調性その他はダメかも知れないが、ピアノの前に座らせたらぴかいちであるかも知れないが、それにしても素晴らしかった。

何がすばらしかったって、もちろん演奏が最高なのである。もうダントツに最高なのだけれども、そうではなくて最後に注目して頂きたいのである。最後の、テーマのアリアが戻ってきて、その演奏のさらに最後の和音を弾いた後、グールド氏はガクッと首を垂れられるのだが、お垂れになるのだが、その垂れ方が・・・たまんないのである。なんとうまいタレ方だろうかなあ、見事なタレだ、今日もよくタレていますね、いいタレしてますね、と私なんかは様々に思うのである。思いは千々に乱れるのである。誰か現役ピアニストであれほど素晴らしいタレが出来ないか、と思う今日この頃だ。おそらくほとんどのタレは「作為」に堕してしまうのではないか。難しいものだ。

君は喜劇で泣けるのか

2007年8月13日

今日は一風変わったDVDの楽しみ方を提案したい。


私は最近、チェリビダッケのイタリアライヴのDVD4枚組を買った。それをずっと観ていて感じたのはやはり、チェリビダッケという人の強烈な偉大さであるのだけれども、しかし同時に、なんとなくもう少しばかり楽しい感じが欲しいなとも、ふ